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うさばか保育園のうさばか園長がうさぎさん達との日々を綴ります。
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16.08.2011
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5歳のあなたへ
今日8月16日は

あこちゃんのお兄ちゃん「秋蔵(初代)」くんが生きていたら
ちょうど5歳のお誕生日でした。

はじめて いった 公園にて いっぱい木がありました。

3歳のころからうさぎと暮らし始めた私でしたが
昔はうさぎに怒られ、追いかけられ(笑)
おびえながら過ごし・・・(その当時は向こうが完全にボス!)

学童の年頃になるとこんどのうさぎさんとは
兄弟のように遊んだり、喧嘩したりの日々

そんなにうさぎさんうさぎさんと
甘やかして育ててきた流れはなかったつもりでしたが

大人になって
結婚という人生の選択をして以降
初めて迎えた 秋蔵 (・・・といううさぎ)

いままでこんなにうさぎがかわいいと心底、魂までもっていかれるぐらい
こんな感覚っていうのが初めてでした。
夫と、私と・・・そしてこの小さくてわからん人!?だけどめちゃくちゃかわいくて
いとおしいこの子は
大事な大事な長男坊となって
我が家の中心となりました。

一人っ子だった秋蔵
恐がりさんで・・・だけどなんでも興味津々だった秋蔵
夫に対抗してソファーに上がってはおしっこを噴射してがんばっていた秋蔵

3人の生活
とても幸せでした。
こんな小さい子がちょこんとそこにいる
それだけで、家の中が元気いっぱいになる。
つまらない喧嘩もみるみるなくなり、家の中は秋蔵一色になりました。

生後3か月ちょっとぐらいでうちにやってきた秋蔵
幸せは短かったです。

彼は生後9か月で亡くなりました。

当時のいろんなこと、思い出すことはいつもあります。
けれど、誰が悪かったではなく、このことについては
3歳からうさぎと暮らしていたくせに、当時の周りの言うことを疑いもせず
鵜呑みにしていた自分の注意力の無さ
あんなに大きな笑顔と幸せをくれた息子のことなのに
もっと慎重に情報を検証しながら育てるべきだったこと
そういう自分の甘さ
母親としての自覚が全く足りなかったこと
それが彼をこんなに早く死なせてしまった一番の原因だと
今でも自分の当時の心に蹴りを入れています。

秋蔵が無くなった日の朝は
寝室でいつものように目覚ましが鳴り
起きて秋蔵が居るリビングに近づくと、
ケージ内のお気に入りの場所で丸くなって座ったまま
息絶えていました。
眠ったままのような恰好をして
耳だけは
目覚ましが鳴っていた寝室の方を向いていました。
呼んでも目を覚まさない、反応がないので
あわてて抱いてみると
身体は暖かく、心臓は止まっていました。
私が起きてくるのを待ちながら
亡くなったんだと思いました。
その時まであの子はいろんな不調を抱えていたはずですが
私はそのことに気が付いて対応するということ
すべてにおいて遅れていました。

時計を戻せて、秋蔵の体を救えたかもしれない時間まで
戻りたい
と何度も願いながら
今日で秋蔵はもう5歳の誕生日を迎えました。

妹のあこちゃんと共に
お兄ちゃんの抱えていた不調について
どうしたら普通の元気な子と同じように暮らしていけるか
ということを研究しながら

当時あの子の1歳の誕生日の3か月も前に、待ちきれず主人と一緒に
1歳のプレゼントのひとつとして
ネットワークカメラを買いました。
仕事に出ていても、大丈夫かどうかを確認できたらと

これって、秋蔵には私たちが見えないから何にもうれしくないよ~
私たちのプレゼントなんじゃないの?
と言いながら買ったのを覚えています。

今そのカメラは
保育園にお泊りに来てくれる子たちの運動場を映し
お出掛け中の保護者の皆様にお泊りを頑張っている元気いっぱいの
それぞれのうさちゃんの様子をお伝えするという仕事を
頑張り続けてくれています。

時々
私もこのカメラにアクセスをしたら
秋蔵に逢えるかな
逢いたいなとつい思う時があります。

秋蔵はどこかで私を見ていてくれているでしょうか。

いつか迷わずにここに帰って来てくれるように

あの子に最後に渡した木札
住所と名前と電話番号と、あと似顔絵(パパ、秋蔵、ママ)

コピーをどこかで配っているのでしょうか
今では
たくさんのお友だちが
お泊りにここを訪れてくれるようになりました。

秋蔵のような子でもお泊りできる保育園として
これからも。

秋蔵 5歳 おめでとう。
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