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31.03.2013
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本日3月31日は「会長さん」のお誕生日です。 2008年5月に保護してから2009年の10月28日に亡くなるまでの18ヶ月間の縁でした。 一緒にお誕生日を祝えたのはたった一度だけでしたけど、今でも側にいてくれてると信じています。 そもそも、通院生活の続く会長さんのためにかかりつけの獣医さんの近くに住もうというのがこの荻窪に引っ越してきた理由でした。 11月の引っ越しを待たずに会長さんは逝ってしまったので、運動場で遊んでもらうこともできなかったのですが、会長さんの存在がなければこの「うさばか保育園」もなかったのかもしれません。
会長さんが我が家に来たときには後ろ足が麻痺したような状態で寝たきりで下半身はドロドロ。倒れた際に負傷した左目は炎症を起こし化膿。 でも、なぜだかその瞳はきらきらと希望に満ちてまっすぐに明るくて、人なつこくて、食欲満点。 治療にも頑張って取り組んで、歩けるようになって、膿瘍も緩解して、遊んで甘えて食べて良く眠って・・・ 私たちとの18ヶ月間の生活が、その前の人間の身勝手による普通であれば遭わなくてもいい災難の償いに少しでもなってくれてたらうれしいなと今でも思います。
ちなみに「会長さん」は女の子です。 その前には別の愛らしい名前があったのですが、それ以前の彼女が受けた災難と共にその名前も過去のものとしてばっさりと捨てさせました。 うちに来たその日から本当に偉そうで王様のようだったので、自然と「会長さん」と呼ぶようになりました。また「快調」に回復して欲しいという願いもあったので、そのまま本名となりました。 かかりつけの園医さんや看護師さんたちには、その傍若無人ぶりから「ギズモちゃん」とこっそり呼ばれてもいたみたいですけど。。。 (^^;)
下の写真はお風呂あがりの会長さんをドライヤーで乾かしているという何でもない日常のひとコマです。 あの頃は写真を撮ることが何か思い出作りみたいで無意識に避けていたのか、会長さんとの写真はあまりたくさんは残っていません。でも、何となく夫(用務員さん)が撮ってくれてたのがこの写真です。 この翌日から会長さんの容態が悪化して10日後にお別れとなるなんて思いもしてませんでした。この時はきっと会長さんも「早くおしり乾かないかな〜 お腹すいたな〜」なんて考えていたかもしれません。 二人で一緒にお風呂に入って、二人で一緒に乾かして、くたびれて会長さんを抱っこしたままそのままソファで二人でうたた寝したりといった生活でしたが、あの子の手触りや体の匂い、息づかい、おしっこの匂いまで今でも鮮明に覚えているのでいつどこで再会しても私はあの子を見つけ出すことができます。 お風呂に入った日には夜ベッドで三人で川の字で眠るのが恒例で、二人の間を行ったり来たりして一晩中嬉しそうだった会長さん。今でも私たちの間はあの子の場所として開けてあります。 この子が亡くなったときいろんな人がメッセージをくれましたが、一番多かったのは「今度生まれ変わったら、寄り道や回り道をせずまっすぐにこのお父さんとお母さんのところへ来るように」というものでした。 この写真は今となっては遺影のようなとてもとても大切な一枚となっています。

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